ミニマリストのインフレ時代でのインフレ耐性について

値上げに備えて買い物をしたら、金が減った。

当たり前だ。ところが「来月から値上げ」という札が一枚あるだけで、この当たり前が急に分からなくなる。今買えば得。二つならもっと得。送料無料まであと千円。よし、何か探そう。

何かって何だよ。

さっきまで欲しくもなかった何かを、送料から逃れるために探している。たとえば送料が六百円で、追加した商品が千八百円。差額の千二百円については、誰も記者会見を開かない。

必要なものを安いうちに買う。それはいい。

でも、値上げの知らせを聞いてから必要になったものまで、同じ顔をして買い物かごに入ってくる。こいつらの身元は、一度確かめた方がいい。

ここで、俺たちの数理的直感力を働かせてみよう。話は至極単純だ。

買わないものの値上がりには、付き合わなくていい。

もちろん、食費も電気代も残る。冷蔵庫が壊れたら修理や交換が必要になる。ミニマリストの家だけ、電力会社が遠慮して通り過ぎるわけじゃない。

だからこそ、必要な支払いのために金を残す。

まだ必要のない買い物まで、「値上げ対策」という名札を付けて家に入れない。俺が考えるインフレ耐性は、まずそこからだ。

足りている物は、広告を出さない

引き出しのシャツは「まだ着られます」と通知してこない。

食器棚の皿も「こちら五枚で足りています」と広告を出さない。掃除機なんか昨日も働いたのに、新型の紹介動画が一本流れただけで、持ち主から能力を疑われ始める。

売る側からは毎日連絡が来る。足りている側からは来ない。

放っておくと、暮らしはいつも不足しているように見える。

新しい色がない。便利な機能がない。今っぽさがない。そういう不足は、売り場に行けばいくらでも見つかる。何しろ、見つけてもらうために並んでいる。

でも、夕飯を食べたあとのテーブルを思い浮かべてほしい。

使った皿がある。飲みかけの水がある。椅子の背には、今日着ていた服が引っかかっている。片づける必要はあるかもしれないが、買い足す必要まであるとは限らない。

そこでようやく、値札以外のものに判断させられる。

今日、使えたか。困ったか。明日もこれでいけるか。

その確認を飛ばしてセールに向かうと、店で初めて知った「不足」を、家まで持ち帰ることになる。

大きな家具は審査される。小さな買い物は顔パスだ

ソファを買うとなったら、俺たちは慎重だ。

値段を見る。寸法を測る。玄関を通るか確かめる。部屋の写真まで撮って、置いたあとの暮らしを検討する。

シャツはどうだ。

「この色は持ってない」

通過。

小皿はどうだ。

「何かに使えそう」

通過。

大きな買い物には厳しい審査があるのに、小さな買い物は次々に入ってくる。しかも一回で終わらない。来月も、その次の月もやってくる。

この積み重ねを見るために、2020年の家計調査の平均支出に、その後の物価変化を重ねた。期間は2020年1月から2026年9月までの6年9か月。平均的な購入量を続けた場合と、その項目を一切買わなかった場合を比べた試算だ。

俺自身の節約実績ではないし、誰もが全部やめられるという意味でもない。まずは、どこに支出が積み重なるのかを見る。

買わなかった場合の購入費の差。洋服約26.6万円、化粧品約19.3万円、家事雑貨約18.0万円など

比較した持ち物18項目では、購入をやめた場合の差が一番大きかったのは洋服で、累計約26.6万円。化粧品が約19.3万円、家事雑貨が約18.0万円だった。一般家具は約4.3万円だ。

もちろん、平均を使った比較だから、実際の順位は人によって変わる。必要な買い替えも含まれている。

それでも、大きな値札だけ見張っていれば安心、とはいかなそうだ。

買ったときには、どれも大した金額じゃなかった。その「大したことない」が、何年分も同じ口座から出ていく。

クローゼットの奥で重なっている服は、まとめ買いした覚えがなくても、家計の上ではちゃんと合流しているんだよ。

26.6万円。全部をインフレのせいにするなよ

ここで「買わなければ、値上げ分を26万円も節約できる」と書いたら、数字の意味が変わってしまう。

洋服の約26.6万円のうち、物価上昇で増えた分は約1.5万円だ。

残りは、値上がりしなくても払っていたはずの購入費。買わない場合には、その元の支出と値上がり分の両方を避けられる、という比較になっている。

購入費の内訳。もともとの購入費と、価格上昇で増えた分を分けた比較

値上げは、もともとあった支払いに上乗せされる。

だから、家計を見直すときに上乗せ分だけを追いかけると、その下にある購入費を見落とす。

今回の試算では、化粧品の値上がりによる追加負担は小さかった。それでも、買わなかった場合との差は約19.3万円ある。値上がりが小さくても、買うたびに金は出ていく。

ニュースにならない支出も、口座からは引き落とされる。

ここは騒ぎの大きさより、自分の購入履歴を見た方が早い。毎月買っているもの。使い切る前に追加しているもの。届いてから、同じようなものを持っていたと思い出すもの。

インフレのせいにしていた支出の中に、自分で止められる一回が混ざっていないか。

新型が出た。それで昨日の掃除機は壊れたか?

新型の広告には、できることが並んでいる。

吸引力。軽さ。便利な機能。持ち主の暮らしがどれだけ変わるか、立派な映像まで付いている。

一方、家の掃除機は廊下の隅にいる。昨日もゴミを吸った。今日も吸える。だが、プレゼン資料を作れない。

この勝負、最初から発言量が違いすぎる。

新製品を見て欲しくなること自体はある。実際に使い勝手がよくなるなら、買い替える意味もある。

ただ、新型が発売されたことと、今の家電が役目を終えたことは、別々に確かめたい。

今回の試算では、価格上昇による追加負担は家事用耐久財が約0.7万円、冷暖房用器具が約2.3万円。冷暖房用器具は、比較した18項目の中で、この追加負担が最も大きかった。

価格上昇による追加負担。家事用耐久財約0.7万円、冷暖房用器具約2.3万円

必要な交換なら、その費用は避けられない。安全性に問題があるものを使い続けたり、暑さを我慢したりする話ではない。修理費や電気代まで比べれば、買い替えた方がいい場合もある。

けれど、安全に使えて、必要な機能も足りているなら、発売日に合わせて交換する理由は薄くなる。

先送りした買い替え費用が永久に消えるわけでもない。それでも、必要になるまで使えば、少なくとも広告が届くたびに財布を開かずに済む。

売り場には売り場の予定がある。

うちの掃除には、うちの都合がある。

物は出ていった。請求は残った

物を減らしたら、毎月の支払いが増えた。

これも、起こりうる。

調理道具を手放して外食を増やす。家電を持たずにレンタルする。車を手放してタクシーに乗る。部屋は広くなる。管理する物も減る。その代わりに、食事代や利用料が発生する。

もちろん、それで暮らしが楽になり、費用にも納得できるならいい。

ただ、部屋を見渡して「減った」と喜んだあと、明細も一度見ておきたい。

物は退去した。請求は引き続き在籍している。

そのサービスが値上がりすれば、今度はそちらの負担を受ける。所有を減らしただけで、インフレとの関係が切れるわけではない。

今回のグラフは、代わりに使うサービスなどの費用を差し引いていない。 表示された金額が、そのまま貯金になるという計算ではないんだ。

使っている鍋を手放して、毎晩の食事を買いに行く。その暮らしが自分に合うかは、鍋の数では決まらない。時間も手間も支出も含めて決めればいい。

持ち物を数えたところで、家計の計算まで終わったことにはならない。

洗剤を一本ずつ買っても、使う量が同じなら同じだ

棚に洗剤が三本ある。

一本に減らせば、見た目はすっきりする。でも、一度に三本買うのをやめて、一本ずつ三回買っただけなら、購入量は変わらない。

収納は改善した。支出の方は、まだ返事をしていない。

減らせるのは、家にあるのを忘れて買った一本や、使い切る前に別の商品を買って残した分だ。棚の中身を把握することが、そうした余分な買い物を止める助けになる。

全部やめる必要はない。

今回の試算では、平均的な洋服の購入量を同じ商品構成のまま半分にできた場合、6年9か月の支出の差は約13.3万円。家事用消耗品なら、購入量を10%減らした場合に約2.6万円の差になる。代わりの支出が増えないとした場合の計算だ。

購入量を部分的に減らした場合。洋服25%で約6.6万円、50%で約13.3万円。家事用消耗品10%で約2.6万円、20%で約5.2万円

半分も減らせないなら、まず一回でもいい。

服を買おうと思って、手持ちの服を見た。似たものがあった。それを着た。

洗剤を買い物かごに入れる前に、棚を開けた。奥に一本あった。今日は買わなかった。

それだけのことだ。大きな決意も、空っぽの部屋も必要ない。

自分が持っているものを、自分が知っている。

その程度の確認が、次の支払いを一つ止めることがある。

値上げの知らせに、買い物で返事をしなくていい

物の少ない部屋でも、頭の中の買い物リストは満員になる。

次の服。次の家電。次の便利グッズ。買えば暮らしが整う気がして、整ったら今度は、もっと整う商品が見つかる。

部屋の物は減らしたのに、次に買うものの審議は終わらない。

そんなところへ値上げのニュースが届けば、焦る。まだ買ってもいないものが、一斉に高くなるんだから。

そのときは、リストを急いで消化する前に、家の中を確かめよう。

今あるものを確認し、用途を満たせるなら使い続ける。満たせなければ修理・借りる・購入を比較する判断図

今日着た服。夕飯に使った皿。読みかけの本。座り慣れた椅子。

全部が新品でなくても、一日は過ごせる。少し古びたものが混ざっていたところで、それだけでは暮らしの不具合にならない。

俺たちは、店に並ぶすべての商品を審査する義務なんか負っていない。

必要になったものを選ぶ。使うものには金を払う。そのために、必要になっていないものまで急いで買わない。

食費も電気代も残る。壊れた物を直す日も来る。買わずに済んだ分は、そちらへ回せる。

「今あるもので足りている」は、買い物を我慢するための呪文じゃない。暮らしを見て出す判断だ。

店から値上げの知らせが届いた。

家の中を見た。

まだ足りていた。

じゃあ、その知らせへの返事は、買い物じゃなくていい。

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