遊びが文脈を乗っ取るとき、それは当の〔もともとあった〕事態を破壊する。
この破壊は、笑いを目的とする場合もあれば、楽しさや一時的な快を目的とする場合もある。
とはいえ、ほかのあらゆる一時的な快と同じく、遊びもまた、わたしたちの慣習や思い込み、偏見や反感を暴露してかき乱すことがある。
わたしたちは、遊び心を発揮して正常な事態を攪乱させる。それができるからこそ、わたしたちは、ある文脈を使って──そしてその内部で──遊ぼうという意図のもとにそれを流用する際に、たんに楽しむ以上のことができるのである。そして同時にそれは、わたしたちが置かれている文脈の隠れた仕組みを暴露することでもある。