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物を持たないミニマリスト

少なく持って、深く見る。

夕日の海を背に、工房の外でサーフボードを削る男の後ろ姿

なぜ億万長者の一流メジャーリーガーは、11年後にバンを降りたのか

I’m actually more comfortable being kind of poor.

ダニエル・ノリス(2015年)

実は、ちょっと貧乏なくらいのほうが落ち着くんだ。

11年前、俺はバンに住むメジャーリーガーの記事を書いた。ウォルマートの駐車場、1978年式のフォルクスワーゲン、月8万円の生活費、カモメ、夕日、「完璧だ」、「撮らなければ」。全部詰め込んで、最後を「彼は瞬間を捕まえたのかもしれないし、永久を捕まえたのかもしれない」で締めて、締めた本人がいちばん酔っていた。永久。言うだけならタダだった。

夜の駐車場で、ヘッドランプの丸い明かりの分だけ世界があって、あいつはその中で日記を書いていた。

夕暮れのスーパーの駐車場で、古いキャンピングバンの乗降口に座り、ヘッドランプを付けてノートに書く男

あれから11年、あいつがどうなったのか、俺は1回も調べなかった。今日、調べた。先に言うと、あいつはいま、カリフォルニアの海沿いでサーフボードを削っている。

まずESPNの元の記事を開いた。で、見つけた。見つけたくなかったやつを。

I can’t live the total minimalist life. I guess I’m going to have to figure out where and when to give in. How much is necessary? How much feels right?

完全なミニマリストの暮らしは無理だ。どこで、いつ折れるか考えないといけない。どれくらいが必要なんだ? どれくらいがしっくりくるんだ?

2015年の時点で、本人がもう言っていた。俺が11年前に読んだ、まさにその記事の中で。そして俺の記事には、この段落がない。書かなかった。夕日とカモメは書いたのに、ここだけ飛ばした。なぜか。知ってる。知ってるから嫌なんだが、トータル・ミニマリストが無理だと言うバンマンなんか、あの頃の俺には要らなかった。要るのは月800ドルで笑ってる男だけで、「どれくらい?」と迷ってる男は在庫に入れなかった。

ついでに言うと、俺は「2億の契約」と書いている。違う。契約金だ。契約金200万ドル。同僚がノートパソコンだの宝石だのに1万ドル以上使っている横で、あいつはコンバースのヘンリーTシャツを1枚、セールの14ドルで買った。俺は「1000円くらいのTシャツ」と書いた。そこはだいたい合ってる。そこだけ合ってる。

約定履歴みたいな11年

MLBの公式記録を開くと、選手ごとの移籍が日付つきで全部残っていて、これがもう完全に約定履歴だ。契約、トレード、昇格、放出、契約、放出。俺は毎日こういう一覧を見て飯を食っているので、目が勝手に読む。読むな。読む。

俺があの記事を上げた2015年3月の、その年のうちに、あいつの甲状腺にがんが見つかる。医者は投げていいと言った。だから投げた。シーズンが終わるまで投げて、7月30日にはデビッド・プライスとのトレードでブルージェイズからタイガースへ移って、移った先でも投げて、10月にニューヨークのスローン・ケタリングで左の甲状腺の一部を取った。誰に言うかは自分で決めた。「That was kind of my thing」。自分で抱えるのが俺のやり方だった、と。俺がブログで「完璧だ」と書いて夕日に酔っていたその年に、本人は喉に腫瘍を抱えたまま92マイルを投げていた。完璧。完璧ってなんだ。俺は何を完璧と書いた。

で、その冬にはもうShaggyに乗っている。Shaggy。スクービー・ドゥーの、あのひょろ長い奴の名前を付けたバンで、歌を歌ってやって詩を書いてやってバレンタインのカードまで贈っていたあのバンで、映像作家のベン・ムーンとテネシーからオレゴンまで3週間。ニカラグアで波に乗る。地元ジョンソンシティのパレードでグランドマーシャルをやる。がん、手術、オレゴン、ニカラグア。普通そこは様子見だろ。ポジションを落として休むところだろ。こいつは手術明けにそのまま買い増している。

翌年、2016年に本人が書いている。

Now I bring less and less every year to keep it as simple as possible. Living with less, even if it’s only for a few months on the road, helps me keep things in perspective.

毎年持っていく物を減らしている。少ない物で暮らすのは、たとえ道の上の数か月だけでも、物事の釣り合いを保つのに役立つ。

数か月だけでも。ここだ。ここなんだよ。バンマンは一年中バンマンじゃなかった。オフシーズンの数か月だけバンマンで、残りは野球選手で、その配分を毎年いじっていた。だから降りられた。最初から全額は張ってない。数か月分のポジションなら、降りても死なない。

バンの床に並べた持ち物。ヘンリーTシャツ、寝袋、ヘッドランプ、本、ノート、フィルムカメラ、ダクトテープ、サーフワックス、マグカップ

2017年の冬、Shaggyはエンジンの修理待ちになる。代わりに父親と小さなキャンピングカーを作っている、と本人が言う。「It just maybe won’t draw as much attention」。たぶんそんなに目立たないけど、と。2019年の記事では、Shaggyはまだ現役だが、キャンプ地まで乗っていく日々はもう終わった、と書かれていて、あいつはタンパのアパートでコーヒーを飲んでいる。アパート。アパートだよ。駐車場じゃない。バンの中に「Nonconformist」って貼ってた男が、ふつうの部屋でふつうにコーヒーを飲んでいる。同じ記事で、契約金の日の話を、また笑いながらしている。「I bought a T-shirt」。バンのことは、こう話している。

I love that life, driving on the highway. Just going about 55 in the right lane and having music or whatever it was, just being with my thoughts.

あの暮らしが好きなんだ。高速の右車線を55マイルくらいで走って、音楽か何かを流して、ただ自分の考えと一緒にいる。

Tシャツは残っている。バンは、好きなまま降りた。

それからタイガース、ブルワーズ、カブス、またタイガース、レッズはマイナー契約で開幕前に放出、そしてガーディアンズ。2023年の夏はひどい。6月から、上がる、外される、上がる、外される。最後は8月23日マイナー契約、28日メジャーに上がる、29日に枠を外される、31日マイナーへ。セレクテッド、デジグネイテッド、アウトライト。1日。1日だけメジャー。板に出した注文が約定した瞬間に取り消されて、また出して、また消される、あれだ。あれを人間でやっている。その8月28日が、今のところ最後の登板になっている。10月2日にフリーエージェント。公式記録はそこで止まっている。引退の発表は、俺には見つけられなかった。通算215試合、22勝38敗、防御率4.73。

あの頃、バンは古く、あいつは若かった。いま、バンはもっと古く、あいつは父親だ。

どれくらい要る?

2023年、あいつはプロサーファーのセージ・エリクソンと結婚する。Instagramで知り合ったらしい。いまはカリフォルニアの海沿いに住んでいて、サーフィンと、庭仕事と、自分の工房でのサーフボード作りで時間を分けている。工房。工房があるんだ。バンにはなかったものだ。動かない場所。

このブログで昔、『イントゥ・ザ・ワイルド』を極限の人の映画として紹介したことがある。全部捨てて荒野に入って、バスの中から帰ってこなかった男の話だ。俺はああいう話が好きだった。降りない話が。あいつは降りた。バンを降りて、結婚して、工房に入った。降りたほうが、ずっと遠くまで来ている。

今年の1月、サーフィンのポッドキャストに出ている。肩書きは「former MLB pitcher, surfer, and surfboard shaper」。元メジャーリーガー、サーファー、シェイパー。テネシーの山の中で育って、海とは無縁の子どもで、高校でジャック・ジョンソンと『Thicker Than Water』に撃ち抜かれて、(ジャック・ジョンソン。名前を見ただけで鼻が勝手に鳴る。曲名は出てこない。ンーン、ンンーン。)ドラフトされた後でサーフショップに入って最初の1枚を買い、独学で乗った。シェイパーの友達に囲まれているうちに自分でも削ってみて、向いていると気づいた。番組説明の最後に、妻と暮らす家のこと、それから「brand-new dad」とある。父親になったばかり。その下に1行。

Order a board!

海に面した工房で、削りかすの舞う中サーフボードを削る男の後ろ姿

メールアドレスが書いてある。ボードの注文受付。月800ドルの男が、ボードを売っている。いや違う、売ってるのは物じゃなくて、削る時間だ。どれくらい要るか、どれくらいがしっくりくるか、を11年かけて削り出した形がそこにあって、それに値段が付いている。How much is necessary? って2015年に聞いた男が、2026年にはハウ・マッチに自分で答えている。

俺は? 俺は2013年に「車上生活という可能性」という記事を書いている。1年以上考えた、と書いている。軽バンの車種まで選んで、自動車税、重量税、自賠責、駐車場代、ジム代、洗濯代を1行ずつ並べて、年間53万200円、食費と銭湯代は抜き、賃貸の59万6000円よりちょっと安い、と並べたすぐ下に、初期費用で100万以上、全部外食だから結局割高、と自分で書いて、最後に「実際にやるのはかなり難しいと思います」と書いて、やらなかった。計算はした。実行はしなかった。数字だけ精密で、乗る日だけ空欄。そのまま10年経って、今年の6月には「ミニマリストという言葉を聞くだけでゾワッと手のひらに汗がでる」と書いて、ブランド品を買っている。ゼロか、全部か。あいつが「どれくらい?」と聞いていた間、俺はゼロの見積書を作って、使わずに、全部のほうへ振り切っていた。中間の目盛りが、俺の計器には最初から付いていなかった。この10年、板を見る以外の何もしなかった。何も削らなかった。

羨ましいのか。羨ましいのか? 羨ましいんだろうな。羨ましさが、ダクトテープみたいに喉の内側に貼りついて、剥がそうとすると余計に糸を引く。

いや。違う。羨ましくない。俺はサーフィンもできないし、テネシーの山も知らないし、エンジンをダクトテープで直す度胸もない。あいつのは才能で、俺のは相場で、比べる軸がそもそも違う。違う。違うんだけど、Order a board! の1行をさっきから3回読んでいる。

シャッ、シャッ、シャッ。向こうの板は、たぶんこういう音で減っていく。

ダニエルは毎日、板を削っている。俺は毎日、板を見ている。同じ字だ。同じ字なのに、向こうの板は波に乗って、こっちの板には数字が流れていく。流れていく数字を見ながら、俺はさっき開いた11年前の自分の記事の、書かなかった段落のことを考えている。How much feels right? 知らん。知らんが、今度は飛ばさずに書いた。

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