次第に辺りは明るくなっていった。夏の強い朝日は海面に反射し、俺の中の闇を一掃してしまうくらい美しかった。光に照らされた粒子が新しい世界を生み出していた。

素足で海に入ると、ぬるく、肌に滑らかな感覚が伝わってくる。聞こえるのは、波の音。何もない浜辺に、何者でもない自分。世界は自分の心を反射し、平和な心は美しい世界を与えてくれる。ああ、そうか。と理解する。人生において一番大事なのは、この感覚なのだと。

 

 

4日目

目覚めると大阪証券取引所ビルの下だった。心斎橋からブラブラと飲み歩いていたが、いつの間にか北浜まで来ていたのだ。ほとんど記憶がない。腰が捻じ曲がったような痛み。喉と胃は火傷したかのようにヒリヒリとしていた。

「今何時なんだ…?」とスマホをポケットから取り出す。手にはいつもと違う感覚。やけに表面がざらざらとしていた。スマホの画面を見てみると、完全にぶっ壊れていた。

 

スマホの画面割れた

何が起きてこうなったのかサッパリ覚えていないが、とにかく俺のスマホはブッ壊れたのだ。昨日の損失と同じだ。今さら原因を追求しても何も意味がないし、過去には戻れない。ブッ壊れたという現実を受け入れるしかないのだ。ただ一人暮らしでスマホが使えなくなるのは非常に困る。あらゆる人と連絡の取りようがないし、あらゆるデーターがこれの中に入っている。スマホでクソゲーをすることもできなければ、ももクロちゃんを聴くこともできなくなったのだ。最悪だ。

会社に行くと、今日も一番乗りだった。そりゃそうだ。朝の5時なんだから。掃除のオッサンすらも来ていない。それにしても全然寝ていないはずなのに全く眠くない。会社のソファでひと眠りすることもできたがそんな気にすらならない。とりあえずテラスに出てレッドブルを飲む。中之島公園を眺めながら黄昏るのは至福の時間だった。この家出生活で唯一の安息の時間だった。篝火で休息するように、俺は淀川に面したテラスで魂を浄化した。

 

レッドブル

 

ジリリリリ。相場が始まった。あんまやる気もなかったが、とりあえず軽く参加する。カチカチカチ。簡単に儲かる。「今月簡単ですよねー」と昨日タツヤが言っていたが、正にその通りなのだ。リスクを冒して買いにいっても、俺のあとに買い注文がわんさか入ってくる。つまり容易に同値で撤退できるというノンリスク状態。新興メインにやっている奴からすれば間違いなく今月の難易度はベリーイージー。イージービクトリー。バイオハザードで例えるならコルトパイソンでゾンビをブッ殺すくらい簡単だったのだ。

 

 

相場が終わり、大学時代の友人タキと飲む予定があったので、今日も心斎橋に行った。とりあえず軽く飯を食ってバーに行く。

心斎橋の道頓堀の夜景
バー

タキは大学時代、俺の中でカリスマ的存在だった。初めて会ったのは大学1回生の時、サークルの新歓コンパだった。顔は日本人離れしており「俺のジイちゃんがイラン人なんよ」というタキのジョークを数年間マジで信じていたくらいだ。振る舞いも行動も思想もエキセントリックでカッコよかった。1回生の夏にサークルでキャンプをしに和歌山に行ったことがある。そこのキャンプ場のババアがタキに「こんな綺麗な目をしている人間を見たことがない!」とまるで聖人に出会ったかのように言っていた。さすがにこれにはビビった。なんてこった。俺の友人はイエスキリストだったのか?タキはそのくらい特別な人間だったのだ。

大学4回生になり、俺とタキは同じゼミに所属していた。ちなみに俺は商学部で、タキは法学部。色々あってタキは商学部のとあるゼミに参加していた。そこでもタキのカリスマ性は輝いていた。テレビ局や財閥商社に受かった奴が「おいタキ。お前やったら絶対どこでもいけるぞ。就職せえや」と言うが、「いや、俺そんなん興味ないわ。大学院に行って社会を変えたいんよ」と答える。社会に出る度胸と能力がないために大学院に行ってモラトリアムを過ごすザコとは違い、タキはあらゆる選択肢を持ちつつ大学院に進んだのである。

そして現在。俺は弱っていたが、タキはそれ以上に弱っていた。弱っているというより、悪魔に魂を刈り取られたかのように病んでいた。「そろそろ、マトモな道を歩くわ」「俺は凡人やった」などという呪詛を吐くようになっていた。俺は悲しくなった。そんなことを聞きたくなかった。タキの目は10年前では想像もできないほど淀んでいた。今、キャンプ場のババアがタキを見ても何とも思わないだろう。

タキの他にも、世の中に一撃を与えるうる素質を持っている友人が、どうでもいい仕事をしていたり、社会で無駄に消耗してたりする。そのポテンシャルを無駄にしている。不幸だ。ばかげている。そのことにムカついた。そして俺は考える。俺の友人の魂を穢した奴の正体を。このブログをやっているってのもあるが、俺には消費社会が元凶のような気がしてならなかった。「記号」が人間のオリジナリティを壊していくイメージが頭に浮かぶ。それは毎日毎日。じわじわと。ボディーブローのように魂を削っていくのだ。

 

 

タキと別れてから、今夜の寝床を探す。アムザというサウナに泊まりたかったのだが、時間が過ぎていたので、しゃーなしでポパイにまた泊まった。家出する前は漫画を読み漁る予定だったのだが、ほとんど読めてない。疲れて読む気力がないのだ。

心斎橋のメディアカフェポパイ

 

 

 

最終日

本日もいつものように会社に朝一番に行って、テラスでレッドブルを飲んで、相場で小銭を稼いだ。

 

心斎橋道頓堀グリコ

今日は前にいた会社の先輩である奈良さんジョジョバーに行く予定があった。今日もまた心斎橋だ。奈良さんは俺の4つくらい上で、俺が入社した当初、現物株のエースとして活躍していた。「なんでそんな値段で買えてんねん」と毎回言われるくらい絶妙なセンスを持っており、特に仕手株の板読みはズバ抜けていた。GSユアサ。ルック。新日本理化…etc。往年の仕手株戦、そのどれにおいても奈良さんは圧倒的勝利を収めていたのだった。

俺と奈良さんは男子高出身なだけあって趣味嗜好が似ていた。ゲームも好きだし、漫画も好きだ。何より池上遼一の狂ったセンスで笑えるという同じ感性を持っていた。なのでジョジョバーに誘ったら速攻でOKの返信が来た。俺たちは池上遼一も好きだが、荒木飛呂彦も大好きなのである。

宗右衛門町にジョジョバーはあった。この通り、なかなかジョジョ信者の心をくすぐる造りになっている。

心斎橋、道頓堀、宗右衛門町にあるジョジョバー石仮面
心斎橋、道頓堀、宗右衛門町にあるジョジョバーのカウンター

残念なことにカウンターが埋まっていたのでテーブル席に座ることになった。俺たちはジョジョバーの店員と熱いジョジョトークをしに来たのに、ただ酒を飲みに来ただけになってしまった。最初の一杯は、店にいる客も巻き込んで「俺は人間をやめるぞ!WRYYYYYYY!」というクソ寒い乾杯をしないといけないのだが、メニューなどが割と細部までこだわっていたので少しは楽しめた。

 

 

心斎橋の1UPゲームバー内装

次にゲームバーに行った。場所が分かりづらいところにあるのだが、人はほぼ満員だった。ファミコンから最新のPS4まで機種は揃っており、ソフトも多人数で遊べるパーティーゲームや格闘ゲームなどが揃っている。バーで酒を飲みながらゲームをするという異様な光景だが、俺たちは一瞬で馴染んだ。

タイトルは忘れたが、昔ゲーセンにあった西洋ファンタジー風ファイナルファイトをやった。戦士、魔法使いとかキャラを選べるやつだ。ザクッザクッ。ドーン。ベシッベシッ。グチャ。グチャ。楽しい。めちゃくちゃ楽しい。敵のデザインも何かバカっぽくて好きだ。ゲーセンの片隅にあった過疎ゲームがこんなに面白いなんて!俺たちは時間を忘れて熱中した。

 

 

奈良さんと別れて、造幣局近くの大川沿いを歩いて帰りながら、ふと考える。俺もタキも「三十路」という「記号」に囚われているにすぎないのかもしれない。三十路という「記号」に大人の振る舞いを強制されている。焦せらされている。そもそも30なんて数字はただ十進法でキリのいい数にすぎない。2進法なら11100。16進法なら1E。その数字自体に意味はない。

つまり三十路という「記号」は脳のニュートラルネットワークが幼少期から作り上げた幻想だ。別に三十路になってもはぐれ刑事純情派の藤田まことになる必要はないのだ。そんな幻想に振り回されず、自分の好きなように生きればいいだけのこと。三十路超えてゲームに熱中してもいいじゃない。だって人間だもの。

言語を使って集団で生活する以上「記号」に頼るのは仕方がないのかもしれない。だが、魂がそれに支配されては人間の何たるかがわからなくなってしまう。「記号」はあくまでもヴァーチャルで、言語活動を超えた次元では何の意味のない「おまじない」に過ぎない。そして、本当に素晴らしいものは言語活動の外にある。

「記号」を捨てたとき、純粋な世界の景色が見える。高校の頃、家出したあの砂浜で体験したはずだ。社会から離れ世界に身を置けば、日常の何気ない風景でも奇跡的なほど美しいと感じることができる。水面に反射する光。名も知らぬ花。暗闇の中の火。そのどれもが名状し難いほど美しい。

 

川を吹き抜ける風は春の到来を告げていた。身体に心地よい冷たさが伝わってくる。言語は次第に闇の中に消え、本能が叫び出す。この世から「記号」が外れ、ありのままの世界が現れる。

風の音。夜の光。春の匂い。

「この感覚を忘れないように」

日常に戻り、再び言語に支配されるのは分かっている。だが、この感覚が少しでも長く続いてくれと俺は願った。

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  • 最近のコメント

  • 27 コメント

      • ドコモの保証に入っていて損害は7000円の出費で収まりましたが、バックアップでかなり手間取ったり、電話でのやり取りでエネルギー使ったりで散々でした。

        ジョジョバー行くならカウンターに行かないと意味無いですよ。平日狙ったほうがいいと思います。

        0
    1. こんにちはm(_ _)m
      そうそう!
      「三十路」なんて記号、記号!
      捨てちゃえ捨てちゃえ!そんな記号!
      アンタまだ若けぇぇぇぇぇよ!!!
      言われなきゃ20代だって☆☆☆☆☆
      やりたいようにやっちまえ!
      生きてるだけで、丸儲けっっっっっ!d(^_^o)

      ⋯スマホは、ご愁傷さまでしたが。。。
      それはお見舞い申し上げまする。。。
      でも、スマホで良かった!
      肘さんじゃんくて、ホンマ良かった!

      0
      • 毎回画像のチョイスが笑

        bingoさんも捨てちゃおう!四十路という記号!
        人狼で狂人になろう!

        まったく、スマホ中心の生活なんでめっちゃ困りますわー。

        0
    2. 毎回楽しみに読ませてもらっています。私は大阪でライターをしていたものですが色々あって専業のトレーダーになったところなのでなおさら興味深いです。会社を早く辞めて一歩先へ踏み出すと笑えるくらい自由になります。ほんと今まではなんだったのかと。枠組みの中での思考は枠組みから出られずに中途半端になります。そもそも枠組みはなぜか社会人と言われるものが共有する幻想です。不自然なものです。自分を資本にするのではなくお金を資本に生きれば思索しながら楽しく生きれます。

      2+
      • 専業トレーダーの方ですか、もしかしたら知り合いの知り合いかもしれませんね。
        個人投資家の知り合い何人かいますし、大阪のトレーダー交流って狭いですもんね。

        枠組みから外れる、もしくは枠組みをいくつか持つことで社会のストレスは大体クリアできます。自殺はこの枠組みが1つな上に、そこで行き詰った場合起こるものと考えています。

        お互い似た者同士、楽しんで生きていきましょう!

        0
    3. こんばんは。

      結末は想像と違って、壮大に美しく締められましたね(^^)
      泥酔して今度こそ襲われたかと思いましたが。

      シータは『人は土を離れては生きられない』みたいなこと言ってましたが、田舎育ちの私は、むしろ記号に溺れたくて仕方なかった過去があります。

      今はまた逆行していますが。

      肘さんのおっしゃる消費社会の対にあるものって何なのですか?

      0
      • >結末は想像と違って、壮大に美しく締められましたね(^^)

        半ば強引にまとめました笑

        >肘さんのおっしゃる消費社会の対にあるものって何なのですか?

        ぼくは熱量だと思っています。消費社会は「記号」で相手より上に行くゲームですが、そこに内よりでる熱量はありません。主体性もありません。
        熱量の社会になれば、自分の好きなことを主体性にできるようになると思います。そして、それは近いうちに実現すると考えています。今の若い人、賢いですもん。記号ゲームに胡散臭さを感じていますし。

        0
    4. やっぱり大阪はいいですね!昨年まで天王寺区近くにする出たんですけどふらっと梅田や心斎橋出でていけて家賃6万だったのでミニマリストには最適な街だと思いました

      東京も好きなんですけどやはり街が大きすぎて住宅街から繁華街まで行く時間で大阪から京都、神戸に行けるぐらいかかりますからね、、、

      これからも記事楽しみにしてます

      0
      • 確かに大阪は小さいので便利ですね。ミナミからキタまで歩くことだってありますし、チャリさえあれば大体のとこは行けますし。

        個人的には京都くらいの規模が一番過ごしやすいんですよね。自然もあるし、都会でもあるようなところが。そういった意味では神戸も素晴らしいとこだと思います。

        東京も住んでみたいんですが、さすがに電車がキツいですね。
        やっぱ適度な都会、札幌、仙台、広島、福岡あたりが丁度いいような気がします。

        0
    5. 前にもコメントしたのですが、今回のブログをみて、もう一度おすすめします。
      「somewhere」を観て欲しい!

      0
    6. >素足で海に入ると、ぬるく、肌に滑らかな感覚が伝わってくる。聞こえるのは、波の音。何もない浜辺に、何者でもない自分。世界は自分の心を反射し、平和な心は美しい世界を与えてくれる。ああ、そうか。と理解する。
      >人生において一番大事なのは、この感覚なのだと。

      これ、わかるなあ。本当に同感です。

      ご友人、またグングンとご自分を取り戻されますよ、きっと。
      そういう経験も必要だからされたのでしょう、しに来た、とも言えますし。
      時間を共有している素晴らしい友人(肘さん)がいるのですからなおのことです。

      美しい文章でした。
      ありがとうございます。

      0
      • ありがとうございます。同じような感覚が共有できて嬉しいです。

        この感覚はホントに大事なものなんですが、日常にどっぷり浸かっていると忘れてしまうんですよね。

        >ご友人、またグングンとご自分を取り戻されますよ、きっと。

        ぼくもそう信じています。ポテンシャルの使いみちをミスっているだけなんで、少し変わるだけで劇的に変わると思います。

        >美しい文章でした。
        ありがとうございます。

        そう言ってもらえるとありがたいです。書いたかいがありました。

        0
    7. いつも楽しく拝見してます。
      生じるものは、滅する。
      生まれたものは壊れる。物であれ。思念であれ。有るものは基盤にはならない。無いものは壊れることが無いので無に心を置きなさい…という仏教の教えですが。肘さんは無に向かっているように感じました。消費社会の価値観を揺るがす文章を読むとスカッとします。

      0
      • >肘さんは無に向かっているように感じました。消費社会の価値観を揺るがす文章を読むとスカッとします。

        多分、消費社会に懐疑的に見ているところが、仏教的な無常観と通ずるものがあると感じていますが、ぼくは快楽主義者なので、そこは仏教的な考えとは180度違うなと思います。

        0
    8. 私は損切りが苦手すぎます。
      どうしたらいいですか?笑

      肘さんも損切り苦手だということなので、、、

      0
      • 損切りが苦手なら、徹底したポディションコントロールを!笑

        その技術だけは誰にも負けない自信があります!

        0
    9. こんにちは。お久しぶりです。
      今回もすごく面白かったです(褒め言葉)!小説のように読めました。

      そうそう、最近バリ島に旅行しました。初海外です。
      荷物が少なすぎてレンタルしたスーツケース、空っぽで持って行きました。
      おかげでお土産は沢山持って帰れましたがw

      次回は機内持込サイズのスーツケースで一人旅目標です!

      0
      • esta bien lo que dicen de los sacer eyos se curan con un relampageo intiesronanpe y consu escudo se proteje de todo y si fuera poco tienen daño por segundo es como un paladin completo un brujo un mago y un druida unidos

        0

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