前にも書きましたが、とうとう佐々木典志さんの本「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」が出版されました!
まず佐々木さんに送ってもらった本を手に取って思ったことが「クオリティ高えええぇぇ」です。
最初のカラーのとこに、ぼくの部屋の写真が載ってるんですけど、またそれがソレっぽい笑
さすが本業というか、まさしくプロの仕事でした。
お世辞なしで文句無しに面白い。そして熱い。
佐々木さんとはミニマリストに対する考え方がほぼ同じで、「記号ゲーム」に疲れた人を助けたいという目標も一致してました。
ほぼ共感の連続だったんですが、特に「これこれ!」となったとこを紹介します。
ミニマリストとは
ぼくが思うミニマリストは、ただ他人の目線だけを気にした「欲しい」モノでなく、自分が本当に「必要」なモノがわかっている人。大事なものが何かわかっていて、それ以外を「減らす」人のことだ。
ミニマリストが陥りがちなのは、ついつい「モノが少ない自慢」「モノが少ない対決」にハマってしまうことだ。ミニマリストとは「自分が本当に必要なモノ」がわかっている人のことだと思っている。「大事なことのために減らす」人だと思っている。
物を減らすことが目的になっているのは「魔境」です。あくまで手段でしかなく、物の量で優劣を競うようになると、「記号ゲーム」となんら変わりないと思います。
物を減らす「魔境」にいる人を否定するわけではありませんが(それもカッコいいとは思う)、やはりミニマリストとは違いますよね。
牙を剥くモノ
モノを通して内面の価値を伝えた方が、圧倒的にわかりやすく早い。…中略…だが、その便利さに依存しすぎると、多すぎるモノに囲まれることになる。「自分の価値を伝える」モノが、「自分」そのものに置き換わっていく。「モノ=自分」になってくる。
自分の社会的な価値を高めるために物(記号)に頼ることの便利さと、それに依存する恐ろしさが書かれてます。
そうして増えすぎたモノは、今度は逆に自分に牙を剥いてくる。時間も、エネルギーも「自分」と化したモノに奪われるはめになる。そうしてかつて自分の道具だったモノが、自分の主人になっていく。
ほんとこれです。社会的なカーストが高いモノを保有すると、自分の行動がそれに支配されていきます。高級マンションに住めば、それに合わせたモノが必要になっていく。社会的なカーストが高ければ、それに見合った振る舞いを強制される。
これ読んでて思ったのが、ミニマリストは単にモノを捨てるのではなく、記号を捨てるべきだということです。記号が付いたモノ、つまりブランド物のような社会的なカーストを表すモノを捨て「記号ゲーム」からの悪影響を無くす技術がミニマリズムなのではないのかなと思いました。
「まだ記号ゲームで消耗してるの?」「それで人生楽しい?」「たとえカーストが低くても、熱い三流で上等よ!」
こう世間に発信していこうと思います。
「比べない」満足
自分を誰かと比べることは、モノの追求と同じで、こうして終わりがない。今ぼくは本を書いているが、自分より優れた人が書いた本のことを考え始めると、1文字も書き進められなくなってしまう。自分より優れた人はいつだっている。その人と自分を比べて「自分なんて」と思ってしまえば、何も行動できなくなってしまう。
「比べる」ということは、社会のカーストに自分を照らし合わすことにも繋がります。つまり「記号ゲーム」に参加するということになります。
すべての判断が相対的なものになり、自分の本当にやりたいこと、欲しいものが曖昧になり、クソつまらん人生になりそうですよね。
人生なんて自分が楽しけりゃいいと思ってます。誰にどう見られようとも「うるせえ」としか思いません。
終わりに
細々とネットの片隅でやってきたミニマリスト運動がここにきて大きく動いた感じがします。
思えば3年前、最初はメモ代わりにやってきたこのブログが、こんなにも色んな人と関わることができ、ミニマリスト運動の一役を担えたことが嬉しいです。こんなことになるなんて想像だにしていなかったです。
とにかく熱い本だったんで、僕のブログ熱も高まりました 。掛け値なしにオススメの一冊です。
第3章の「捨てる方法最終リスト55」は、初心者向けにとてもいい内容ですし、なによりモチベーションが上がります。ぜひ読んでみてください。
あの短期間でこの内容の本をつくるのは、相当な気力と労力が必要だったと思います。佐々木さん本当にお疲れ様です。
ぼくたちに、もうモノは必要ない。 – 断捨離からミニマリストへ –
- 作者: 佐々木典士
- 出版社/メーカー: ワニブックス
- 発売日: 2015/06/12
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
現代人の消費活動についてですが、大きく分けて二つのものを考えています。
一つは、「アイデンティティを求めての記号的消費」
もう一つは、「不安と退屈を紛らわすための嗜癖的消費」です。
今回の記事内容的には、前者に含まれる内容ですね。
アイデンティティ、つまり「自分」とは何者か、カーストの中でどの位置にいるのかということを規定するための「消費」、そして「所有」。
大学のゼミで教授に『「脱」アイデンティティ』ということを考えている、というようなことを言ったことがあります。
で、そのときもらった返答が、
「でもそれもまた新たなアイデンティティだよね」。
つまり、自分はモノになんて規定されないぞ、カーストに縛られて生きることなんてしないぞ、というのが、またアイデンティティを求めての必死な努力だということですね。それも疲れることには変わらないんじゃないの?って。
まさしく、「魔境」へと足を踏み入れたミニマリズムの追求にも繋がるお話。
そのときははっきりと返答できなかったんですが、今は「手段」ということを意識しています。
消費にアイデンティティを求めることをやめるのは、「モノに規定されないというアイデンティティ」を手に入れて悦に入るというようなことでなく、消費活動へのエネルギーの無駄を、別のアイデンティティとは無関係な活動へと転換したいということなんです。
で、そういうことを考えると、最初にあげた二つのうちの前者だけでなく、後者も考えなくてはいけない。
所有と顕示的な消費をやめたとして、そこに生まれた退屈の解消を嗜癖的な消費活動に求めたとしたら、意味が無い。
そこで出てくる話が、「テレビを捨てた話」で書いた、「主体性」とか「創造性」とかいう奴。
嗜癖的消費とは、つまり「受け身」ってことですね。ただその時間だけ、不安とか退屈とか、忘れられる。
自分が今何か積極的に生きていった方がいいとか、感じている問題と向き合った方がいいとか思っても、それについて考えないでいられる。
岡本太郎の記事で言及しましたが、主体性には自分が感じていることとか、欲求とか、衝動とか、思考とか、そういうのに正直であることが必要になる。
でも正直であるって、社会とぶつかるわけです。で、それを意識するとそこには葛藤が生まれてしまう。
その葛藤を乗り越えて自己実現していこうとか、じぶんらしく生きようとかなるとしんどい。しんどいから、外部に依存したアイデンティティ(外部の価値に反発することも同じ)や、嗜癖に逃避する。
アイデンティティの再帰性なんてことを考えると、がっつり社会に適応した人ってのは大変かもしれません。
うっかり必死に頑張っちゃって、自分の内から出たものは何もないカースト上位の記号を身につけてしまった人は、幸せなのか不幸なのかみたいな話。
実はこうした構造、システムについて書いた本があります。
米国のセラピストでアン・ウィルソン・シェイフという女性が書いた、「嗜癖する社会」という本。
ここでまた内容についてつらつら書くことは、もういい加減しませんが、改めてこの著書を思い出しました。
で、何が言いたいんだという話なんですが、今の時代は、所有とか嗜癖とかで生き続けることにそれはそれでしんどさを抱く人が増えて(ミニマリストが少しづつ注目され始めたり)、じゃあそこからどうするかということを考えなくちゃいけない段階に移行しているのかなとか思った次第です。
肘さんの感じる「大きく動いた感じ」というのを僕の頭の仲にある文脈から察するとこんんか感じですかね。
手段としての「ミニマリズム」と、その先の「行動」が今のテーマです。
hajiさんが仰るように、あくまでもミニマリズムは単なる「手段」に過ぎない都言うことを、強調しなければなりませんね。
この「手段」が「目的」に置き換わるのが「魔境」だと思ってます。物を持たない自慢や、記号から抜け出した自慢にならないようにしないといけません。
記号ゲームに疲れた人、飽きた人の一部が、ミニマリストというものに興味を持っていると思います。物や記号からある程度自由になれる手法、考え方はこのブログで書いてきたのですが、その先の「行動」は人それぞれなので何とも言えません。
ある程度、物や記号から自由になると、「虚無」が待っている人は多いと思います。そこから「自分のやりたいこと」を見つける手法はよくわかりませんし、言葉で語れるようなものでもない気がします。自分は「面白い」という価値が一番優先されるようになって、そこから変わったと思いますが、みなさんに当てはまるのかどうかはわかりません。
そこんとこを色んな人に聞いてみたいですね。何か法則めいたものを見つけれるかもしれません。
とりあえず今度、図書館で「嗜癖する社会」を読んでみようと思います。
とても読みたくて、Amazonを見たけどkindle版が無いー!
なるべく本は増やしたくないので電子版が欲しいのです。
佐々木さんによると電子版も考えてるようです。ぜひ読んだら感想を書き込んでくださいね。
記事を拝見させていただきました.
私は今大学院生なのですが,10代の時よりも大事なものが見えてきた今でこそ,読む価値がありそうな本であるような印象を受けました.
一度手にとって読んでみます.
僕と佐々木さんの今までの境遇が似てたのもあってか、共感だらけの本でした。
ぜひ読んだら感想を書き込んでください!
肘様
肘様のお熱いご返信で、断捨離した男根がエレクトしたニャ。
繊細なフォルムをした、丁度ゲイとノンケの中間地点にいる肘様に、ゲイに対する感想をきかせて下さい。
P.S 早くオフ会に呼んでニャー
また湧きやがったな、この狂人が!
お前にエンカウントしたら容赦なく無想転生を叩き込み、この世から穢れた魂を浄化してやる!
いつも読ませていただいております。
とても気になる本なので、機会があれば一度手に取ってみようと思います
「実は成功はなかなか曲者でよ・・・一筋縄じゃいかない・・・
最初の一つ二つはまぁいいんだが・・・10・20となると
もう余計・・・余分だ・・・!体を重くする贅肉のようなもの・・・
それを・・・お前はいいやいいやで無用心に積み過ぎた・・・!
動けねぇだろ・・・?
お前今・・・動けねぇだろ・・・?満足に・・・!
まぁ・・・最初は必要な意味ある「成功」だった・・・
勝つことによって人の命は輝き光を放つ
そういう「生」の輝きと成功は・・・
最初繋がっていた・・・!なのに・・・どういうわけか・・・
積み上げていくと・・・ある段階でスッとその性質が変わる
成功は生の「輝き」でなく枷になる
いつの間にか成功そのものが人間を支配・・・乗っ取りにくるんだ・・・!
「成功」が成功し続ける人生を要求してくる・・・!
本当は・・・あえてここは失敗する・・・
あるいはゆっくりする・・・そんな選択だって人いはあるはずなのに・・・
積み上げてきた成功がそれを許さない・・・!
縛られている・・・まるで自由じゃない・・・」
牙を剥くモノでアカギのこのセリフを思い出しました。
私も思い切って枷となってしまった物を減らしておりますが、物に支配されている時間が減っているなーと実感しております。
コメントありがとうございます!
僕もアカギを思い出しました。この天の最終巻は僕のバイブルと化してます。
命の輝きを失う恐ろしさ、熱くなることの大切さを教えてくれるシーンですよね。
はじめまして。モノを減らすことにあこがれを持っております。
質問なのですが、株やネット銀行の口座や生命保険などの約款などはどうしてますか?使わないですが、捨てるとなると勇気が要ります。トラブルになったときに持ってないと法的に不利になったりするのでしょうか?証券会社にお勤めのようでしたのでお伺いさせていただきました。
あと、アイロンはどうされてますか?現在持っていますが使っていない状態です。使ってはいませんが、やはり身だしなみの面でアイロンを有効活用しないといけないのかなとも思い、捨てるに至ってません。
初めまして。
約款は別に持ってないですね。詳しい法律のことはわからないので何とも言えませんが。
アイロンは捨てました。
シワにならないシャツを選んで買っているのでアイロンは不要です。結婚式などのちゃんとした行事のときはクリーニングに出してます。
ご丁寧に返信ありがとうございます。
私もアイロンを捨てようと思います(笑)
これからも応援しています!!
私も購入しました。
沖縄なのでまだ届きません´д` 笑
肘さんの記事読んだら
早く読みたくて読みたくて。
「比べない」満足
ふむふむ。
楽しみです!!
ありがとうございます!
ぜひぜひ読んだら感想をお聞かせください!
おひさしぶりです
本読みました
本当に熱い本でしたね!
この手の本は一読したら読み返さないようにしてます、なぜかと言うと
読み終わったあとに読み返したい、考えなおしたいと思う内容が少ないからです笑
つまり、受け身でとらえて満足してしまうんですね
ですが、この本は繰り返し読んで、自分のミニマリズムについて考えてます
その結果、本の内容に対して、「そうは思わないぞ」と思うところもでてきますが
それは自分のミニマリズムがどうゆうものかより明確になってきてるんだと感じました!
いろんな方向からミニマリズムについて述べてあって、非常に読み応えがあり
今まで自分が感じてた疑問にも答えてくれるような本でした。
コメントありがとうございます!
佐々木さんも喜ぶと思います。
映像、音楽、本などは、どうしても受け身になるので、気を抜くと自分から関係のないことのように感じられ、なんとなくその気になる読後感だけが残るパターンが多いですよね。
こいさんのように意識して本を読むのは本当に大事なことと思います。
>本の内容に対して、「そうは思わないぞ」と思うところもでてきますが
こうやって主体的に本を読めば面白いですし、ためにもなりますよね。
It’s imrvaptiee that more people make this exact point.
はじめまして。
ブログ、いつも楽しく拝読させていただいています。
肘さんのこの記事を拝見して、この本を即買いしました。
この記事で引用されている部分に非常に興味を惹かれたからです。
期待を大きく上回る、とても面白くためになる本でした。
「モノを手に入れても幸福にはなれない」ことが
「慣れ」のメカニズムから解き明かされたり、
「自分の価値」を伝える手段としてモノに頼っていると
「モノ」=「自分」になってしまいかねないことなど、
なるほど!と思う点が多々ありました。
面白くて買って届いてすぐに読了してしまいましたが、
今はじっくり、心に響いたところに線を引きながら読み直している
ところです。
素晴らしい本をご紹介くださり、ありがとうございました。
コメントありがとうございます!
多分このブログを読んでいらっしゃる方には共感できる本だと思います。
なによりプロなだけあってクオリティが高く、わかりやすいですよね。
「慣れ」の話しも好きです。
今度これについてみなさんと語りたいと思っています。
肘さん、初めまして。
初めてコメントさせていただきます。
本日、本屋さんにて佐々木典志さんの本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』を手に取りこちらのブログに辿り付きました。(Blogも面白いですね)
私は断捨離から入って物を捨てる事に興味を持ったので、
この本を読んだ時はとても面白かったです。
佐々木さんや肘さんの様には出来ませんが、共感出来る事は90%くらいありました。
テレビも本当は捨てたいのですが…
そうもいかず。。。
たとへ、ミニマリストが一過性の物(いつかのBlogに書いてあった)だとしても人間の原点の様な気がします。
今は便利になればなるほど、
物がありふれてしまって、
私もたくさんの物に振り回されました。
シンプルライフを心掛けると、
本当楽ですね。
旅に出ると本当に物は要らない事を改めて考えます。
と、何が言いたいかと言うと、
『とても良い本に出会えました。』
という事です!
オフ会に参加してみたいですが、あまり参加した事ないし、シャイなので…。笑。
またBlog覗きに来ます。
コメントありがとうございます!
共感していただいて嬉しいです。
>物がありふれてしまって、
私もたくさんの物に振り回されました。
シンプルライフを心掛けると、
本当楽ですね。
豊かな時代において「物」はもはや価値はかなり下がっています。
なのに人々がこんなにも消費しているのは「見栄」のためです。
そんなもの人生においてなんの価値もないのにです。
デジタル化で物を減らし、見栄を捨ててしまえば、残るものは本当に自分に必要なものだと思います。
ぜひオフ会に参加してください!
こうやってコメントいただけるのがブログを続ける一番の動機になるので、時間があればまたぜひ書き込んでください。
返信ありがとうございます。
確かに『見栄』はありますね。
本の中での本棚の話と古いカメラが面白かったです。
まさに、本で自分を表現したい気持ちが詰まってます。
私も本がたくさんありました。
引っ越しと同時に、とりあえずは、本棚を増やさずに入りきるだけ処分。
随分と処分しましたが、まだまだありますwww
なかなか捨て切れないです。。。
Blog楽しみにしてますね!
都合と勇気があれば…
オフ会関西ならいけると思いますので、その時はよろしくお願いします!
>都合と勇気があれば…
オフ会関西ならいけると思いますので、その時はよろしくお願いします!
ただの飲み会なんで勇気はいらないですよ笑
その代わりに実用的な話はあんまりしないんで、そこは期待しないでください笑
自分を表す手段を他で代用しだしたら消費社会にどんどん巻き込まれていくと思います。
消費社会にどっぷり浸かるということは主体性を失うことで、それはまさに自分の人生を生きていないことです。ただ消費社会に振り回された選択をしているだけで、自分の人生にカウントされない時間を過ごすだけの恐ろしいことです。
ミニマリストになるということは、この主体性を取り戻す作業でもあると考えています。
その手伝いが少しでも出来たら光栄です。